【4月〈後編〉超イケメン書道家軍団】
【4月・前編はコチラ】
麺達高校書道部。
通称・字ャっ部。
誰がこんな悪趣味な名前を付けたんだ。
三人がかりで押さえつけられ、入部届けに無理矢理母印押された。
『原田タロー』と書かれた横に、僕の指紋が赤インクでベットリついた瞬間に周囲で歓声があがる。
自由になった両手で咄嗟に書類を奪おうともがいたものの、一瞬遅い。
『原田タロー』と書かれた横に、僕の指紋が赤インクでベットリついた瞬間に周囲で歓声があがる。
自由になった両手で咄嗟に書類を奪おうともがいたものの、一瞬遅い。
「正式入部だーっ!」
トリさんと作務衣集団が更なる奇声をあげ、躍り上がって喜びを表した。
「こんな・・・・・・こんな不本意あってたまるか」
ガックリ膝をつく僕。
こうして僕は字ャっ部の新入部員となったのだった。
こうして僕は字ャっ部の新入部員となったのだった。
「時間だ、定例会議を始めよう」
曽良三々の一言で全員がサッと着席した。
文化部らしからぬこの統制。
文化部らしからぬこの統制。
僕は赤作務衣に腕をつかまれたまま、そばの椅子に押さえつけられる有様。
捕虜みたい。
捕虜みたい。
「ああ、エリートの僕がこんな屈辱を受ける日がくるとは……」
涙で目の前が霞む。
そんな僕をガン見すると作務衣集団、何か次々と名乗り始めた。別に聞いてもいないんですけどね。
そんな僕をガン見すると作務衣集団、何か次々と名乗り始めた。別に聞いてもいないんですけどね。
「自分大好き 部活大好き 運動大嫌い──曽良三々です。新入生 歓迎してるよ 全身で──曽良三々です」
よく分からん、この人。すごく凛々しくて格好いいのに、何で五・七・五で喋るの? 俳句なの?
句(?)は軽く無視られ、次に緑作務衣が立ち上がる。
髪の毛サラッサラ、ギャグマンガに出てくる王子様みたいなやつだ。何かキラキラしてる。女子から異様にもてるか、逆に誰からもひかれるかのどちらかだろうな、このタイプは。
髪の毛サラッサラ、ギャグマンガに出てくる王子様みたいなやつだ。何かキラキラしてる。女子から異様にもてるか、逆に誰からもひかれるかのどちらかだろうな、このタイプは。
「ボクは三年、水口楓(ミズグチカエデ)。字ャっ部の貴公子です」
貴公子って自分で言っちゃった!
「俺様も三年の・・・・・・」
今度は赤作務衣が口を開きかけるが、緑作務衣──字ャっ部の貴公子・水口楓が強引に遮る。
「この人は鴨はじめ。見ての通り程度の低い人間です。頭が悪く、生活態度もヒドイ。いわば鼻つまみ者です。つまり世の中の鼻つまみ者ということです」
「──!」
顎が外れそうなくらい口を開けて、赤作務衣がショックを表す。
そりゃ鼻つまみ者って2回も言われたらな。辛辣だ、この貴公子。
そりゃ鼻つまみ者って2回も言われたらな。辛辣だ、この貴公子。
それから不気味君──曽良竜也は、やはり曽良三々の弟だった。さっきからニタニタしながら僕の方を見てくる。
「あ、あの、僕は原田タロー。一年です。入試成績トップで入学してきました」
義理はないと思ったけど、一応僕も名乗っておいた。
「では今月の課題。四月なので基本に帰って『字ャっ部』とみんなで練習しよう」
曽良三々の号令の元、机が端に寄せられる。
床に大きな下敷きと紙を敷いて、傍に大きな硯が用意された。
なるほど、字ャっ部──いや、確かに書道部だ。
床に大きな下敷きと紙を敷いて、傍に大きな硯が用意された。
なるほど、字ャっ部──いや、確かに書道部だ。
「新入生タロや、まずは私が基本を教えよう」
曽良三々が僕に筆を差し出す。
「タロってやめてもらえませんか。犬じゃないんだから。原田って呼んで……いや、せめてタロー←ココ、伸ばしてください」
「そこがポイントか?」
「そうです! せめてそこがポイントです」
いや、ちょっと待って!
教室隅にポツーンと取り残されてるブルマーの女神。
さっきから喋りたそうにうずうずしてるものの誰も振ってくれない為、じっと待ってるっぽい。
ションボリこっちを見て、何だかとんでもなく哀れな感じだ。
さっきから喋りたそうにうずうずしてるものの誰も振ってくれない為、じっと待ってるっぽい。
ションボリこっちを見て、何だかとんでもなく哀れな感じだ。
「しょ、紹介してください。ブルマーのめが……あ、あの美しい女性を」
「ああ……」曽良三々、チラッと彼女を見やった。「アレはトリちゃん。アホ毛が特徴。うちの顧問兼部長」
「顧問兼部長って、どんだけ偉ぶりたいんだよ、この人~」
曽良弟が陰気に呟く。
確かに。部長は当然曽良三々だと思っていただけに、意外なところだ。彼は副部長であるらしい。
確かに。部長は当然曽良三々だと思っていただけに、意外なところだ。彼は副部長であるらしい。
アホ毛がピョンと立っていて、それがトサカみたいだからトリなのかと一瞬思ったけど、それはやはり違ったようだ。
トリは彼女の本名らしい。一体何人なんだ?
トリは彼女の本名らしい。一体何人なんだ?
「ト、トリじゃ! ワシは書道界の黒船じゃ!」
コレも自称かよ。
トリさん……いや、トリ先生は僕の顔を不思議そうにじっと見つめた。
「たしかに。光っておる」
え、眼鏡の話ですか?
僕は急いでレンズを拭いて、頭の中に用意していたフレーズを一気にまくし立てた。
「ト、トトトリ先生は彼氏とかいるんですか? いや、そんなヘンな意味はなくてですね。その……」
トリ先生の大きな目がふっと宙をさまよった。悲しそうに首を振る。
「彼氏どころか、ワシにはトモダチもいない。ただの一人もじゃ・・・・・・」
切ない答えが返ってきた。そのまま彼女は筆を持つ。
『友達』とか『友情』とかサラサラしたためては、はらはら涙を零した。
『友達』とか『友情』とかサラサラしたためては、はらはら涙を零した。
「コレはワシが今、一番欲しいものじゃ」
「いい大人が何言って……」
いや、負けない!
「ト、トリ先生は英語の先生ですよね? いや、見た感じ外国人講師かなぁと。僕は公立の中学に行ってたんです。英語教師は定年を延長して勤務してた爺さんだったんですよ。それがSunshineを澄ました顔してスンシーネって発音するようなジジィで……」
その授業レベルでこの高校に受かったのは塾につぎ込んだお金と、僕自身の努力によるものだ。
「だから、トリ先生から生きた英語を教わりたいです!」
「………………」
トリ先生、黙ってしまった。アレ? アピールを間違えただろうか?
「あの?」
「字ャっ部!」
トリ先生、今度は突然叫んで床にペッと唾を吐いた。
「な、何ですか。拒否ですか? それともそれが生きたカルチャーってことですか?」
「字ャっ部! 字ャっ部!」
何だかさっぱり分からない。翻弄されるだけの僕。女の人って分からない。
そんな僕の様子を見たピンク作務衣・曽良竜也がニタリと笑い、なぜだか赤作務衣・鴨はじめにも睨まれた。
そんな僕の様子を見たピンク作務衣・曽良竜也がニタリと笑い、なぜだか赤作務衣・鴨はじめにも睨まれた。
「だいたいあの校歌何なの。センタクメン郎? 最悪だね。作詞者、誰?」
竜也によって話題は変えられてしまった。
「センタクメン郎が何か? あの校歌の作詞者はここにいる曽良君。あなたのお兄さんですよ」
緑作務衣・水口楓が返す。
ググッと変な音を立ててピンク作務衣が絶句した。
当の曽良三々はボーっとした感じで向こうを見てる。
そんな兄に視線を投げてから、竜也は裏返った声を張り上げた。
ググッと変な音を立ててピンク作務衣が絶句した。
当の曽良三々はボーっとした感じで向こうを見てる。
そんな兄に視線を投げてから、竜也は裏返った声を張り上げた。
「だ、だいたい校名からしておかしいよね。メン高って何? 竜也はラーメン専門学校に来たわけじゃないんだから!」
弟の言葉に合わせて、兄・曽良三々が派手に「グゥ!」とお腹を鳴らす。
「う、うちの兄ちゃんリーダータイプだけど基本、天然系なんだ~」
弟が兄をフォローした感じだ。
曽良家って一体どんななんだろうか……。
曽良家って一体どんななんだろうか……。
さて、その兄はお腹を押さえたまま僕たちを見回した。
脱線していた会議が軌道修正される。
脱線していた会議が軌道修正される。
「今年は新入部員が二人も入った。弟と原田タローだ」
「喜ばしい限りですね」
「何せ去年はゼロだったからな」
「顧問兼部長の行き過ぎた勧誘のせいで」
曽良三々と水口楓、ノンキに喋っているけれど、新入部員ったって一人は弟、一人は無理矢理連れてきただけじゃないか。
「シメシメですね」
水口楓が締めくくる。何がシメシメだ。
「ではみんな、今月の課題『字ャっ部』を練習しよう。あと、トリちゃんの為に『友達』って書いてあげよう」
黒作務衣の号令の元に全員、半紙を広げた。
『友達』と何枚も書いている。
『友達』と何枚も書いている。
「楷書だけじゃなくて行・草書の練習もしろよ」
「ハイ!」
独創的な『友達』が何枚も書かれていく。
何だコレ? 熱心な書道部の練習風景の筈なのに、この色とりどりの作務衣姿がちょっとした異様感を醸し出していた。
何だコレ? 熱心な書道部の練習風景の筈なのに、この色とりどりの作務衣姿がちょっとした異様感を醸し出していた。
「これは実に太ぇ筆です。ウククッ」
水口楓の何気ないオヤジギャグ。
太ぇ筆(ふてぇふで)?何言ってんだ、コイツ。
字ャっ部の貴公子だって? ウケてんだか何だか竜也が軽蔑した目でニタニタ笑い、曽良三々はポカンと口を開けている。
太ぇ筆(ふてぇふで)?何言ってんだ、コイツ。
字ャっ部の貴公子だって? ウケてんだか何だか竜也が軽蔑した目でニタニタ笑い、曽良三々はポカンと口を開けている。
そのままの勢いで竜也が立ち上がった。
「よし『友達』書けた! ホラ、友達あげるよ、トリちゃん。はじめてのトモダチだね」
「アァーッ! ワシのトモダチー!」
ニタニタ笑いながら曽良竜也、トリ先生目掛けて半紙をペラリと放る。
それにしてもコイツ、一年生ってことは彼女とは初対面の筈なのに、こうまで高圧的なのは何故なのか? Sなのか? コイツ、根っからのSなのか?
僕はどっちかって言うとMなんだ。いや、そんなことはどうでもいいよ。
僕はどっちかって言うとMなんだ。いや、そんなことはどうでもいいよ。
『友達』紙を頭に乗せてトリ先生、悲しそうに顔を上げた。瞬間、僕と目が合う。
「だ、大丈夫。僕がいます。僕が友達になります」
口の中でゴニョゴニョ言ってたらトリ先生、急にパカッと口をあけた。
「キシェーーーッ!」と大声で叫ぶ。そして、何食わぬ顔して筆の毛先を整えだした。
「キシェーーーッ!」と大声で叫ぶ。そして、何食わぬ顔して筆の毛先を整えだした。
「トリせ・・・・・・?」
何だ、今の? 威嚇されたのか、僕。ああ、もう。ブルマーが気になってしょうがないよ。
「このヘタレが!」
「えぇ、こんどは何ですか?」
「ヘタレ!」
突然頭ごなしに怒鳴られ、曽良三々に友達のしんにょうをチェックされる。
今ちょっと気持ちよかった自分について著しく、反省。
今ちょっと気持ちよかった自分について著しく、反省。
直されたしんにょうをお手本にもう一度『友達』と書いてみる。
上手くいかない。難しい。ん? 何かハマりそう。二枚、三枚・・・・・・筆を走らす。
上手くいかない。難しい。ん? 何かハマりそう。二枚、三枚・・・・・・筆を走らす。
イカン! と我に返ったのはかなりの時が経ってからのこと。ダメだ、僕。早くもこの部に馴染んでる。
トリ先生は魅力的だけど、こんな部には入らないぞ。絶対だ! だって、見るからにおかしいじゃないか。