【4月〈前編〉 ダメなセンタクメン郎】
♪のびたラーメンがスキ
道に落ちてたメンを拾う
再び洗って 陽に干した
♪干したメンをネコに盗られ
それはともかく 近所のガキにも落とされた
ヘンなアダ名つけられる
センタクメン郎
センタクメン郎
いつのまにかその名前で郵便届くようになった
最近ノドの奥 いつも目薬の味してる
♪占い師に金に気をつけなさいと言われた
心理テストで金で身を滅ぼすタイプとでた
親に泣かれ 姉に蹴られた
親に泣かれ 姉に蹴られた
♪それでもやめられない ダメ人間
ハァ~ダメ人間
センタクメン郎
センタクメン郎
私立麺達(メンタチ)高等学校(通称・メン高)入学式。
校歌の斉唱が終わった。
「せ、せんたくめんろう……?」
何だ、コレ。コレが校歌なのか?
僕はズレた眼鏡を押し上げた。
「♪ダメ人間 ハァ~ダメ人間」
二、三年はきれいに起立して、大きな声で歌っている。
しも全員笑顔だ。見たことない世界である。
ダメだ、この入学式。トラウマになりそうだ。
僕の名前は原田タロー。
さっき新入生代表として挨拶してきたばかりだ。
入学式での新入生代表──それは当然、入試成績トップ(←ココ、強調)の生徒の役目である。
アイツが入試トップなのかぁ、なんてひそひそ声の中を壇上に上った時の優越感を思い出して、僕は気持ちを落ち着かせる。
スゥハァスゥハァ。深呼吸。
「そう、僕はエリート。これまでの人生で多くの勝利を手にし、数多くのライバル達を蹴散らしてきた。スゥハァ」
そう、エリート。僕はエリート……。
ブツブツ呟く僕のすぐ後ろで、何やら陰気な声があがった。
「トモダチトモダチ……トモダチになって!」
振り返った僕の背後に、何だか小さな女がピッタリくっ付いている。
「トモダチになってったら!」
繰り返されるその言葉。いや、僕に対してではない。
直ぐ後ろに並ぶ女子が戸惑い気味に目を逸らせた。相当引いてるのが分かる。
僕は眼鏡を押し上げて、横目で女の行動を追った。
「ワシの名はトリ。アナタは?」
「ワシ? トリ? え? あ、あたしは宮野(ミヤノ)ですけど……」
「ミヤノちゃん! これでワシらはトモダチじゃ」
「はぁ、何言って……友達? てか、何なんですか。生徒じゃありませんよね。先生ですか? 違いますよね」
「そ、それは……」
宮野の正論攻撃に、トリと名乗った女は一歩身を引いた。
メン高には制服がない。
入学式からみんな、思い思いの格好で登校していた。
そうは言っても、トリさん(?)の姿が浮いているのは確かだ。
体操服にブルマー。
更にゼッケンには「TULLY」と書いてある……なるほど「トリ」か。
左手にはゴツイ手袋、そして足元は軍用ブーツ。
そそられる──というのをはるかに通り越した、かなりキテるいでたち。
ブルマーって……ブルマーって一体。
そのテのビデオ以外では今時見ない格好だ。
なぜだろう。むしろこっちがいたたまれない感。
周囲のみんな、あたかもそこには誰もいないように視線を泳がせている。
てか、何で誰も止めないんだろう、この人を。
若い女性なのだが、宮野の言うように、年齢的に生徒でないことは分かる。
かと言って教師でもあるまい。日本人でもなさそうだ。
挙動不審という言葉が生ぬるいくらいに落ち着きがない。
講堂の床を蹴って、常に身体を前後に揺らしている。
まるで闘いの最中の猛禽類のよう。
「胡散臭い」
宮野が呟く。
そう、まさにその通り。
その瞬間、クネクネ動いていたトリさんの身体が硬直した。
「断るってコト?」
「は?」
「ワシとトモダチになるのはゴメンだって、そう言っておるのか?」
「いや、まぁ……そうですね」
「字ャっ部!」
トリさん、甲高い声で叫ぶ。その瞬間、僕とガッチリ目が合った。
ヤバイ──そう思ったのは、彼女が得体の知れない危険人物だから? いや、そうじゃない。つまり僕は彼女に見とれて……。
不思議な色合いの長い髪、小さな顔、鳥類を思わせる(?)黒目がちの大きな目。クイクイ忙しなく首を振って、時々「カーッ!」と奇声を発する。
──これが、一目ぼれか……。
そう悟った瞬間、僕の中のエリートの血が一気に沸騰した。
いやいや。何言ってんだよ、自分。ヤバイだろ、我に返れよ。
ドキドキしたまま正面を向いてるうちに、入学式は滞りなく進んでいた。
教師の紹介、生徒会の挨拶に続き、各部活の3分アピールなるものが始まった。
「長ッい式だなぁ」
後ろで宮野が毒づく。
確かに。入学式で部活の紹介までする学校は珍しい。
三分ったって、数が多いから時間は結構かかるわけだ。
運動部が終わり文化部が始まる頃、みんなはすっかりダレていた。
しかし僕は違う。
「ハァハァ。トモダチトモダチ……トモダチトモダチ……」
荒い息を繰り返しながらトリさんが僕の背後に張り付いたままなのだ。
ハァハァしながら、トモダチトモダチ呟いている。
緊張のあまり僕は全身硬直させて、壇上の一点をジッと見詰めていた。
『文化部は書道部からです』
アナウンスと共に壇上に現れたのは、何だか凛々しい感じの、しかしどこかおかしな印象の生徒。
おかしいのは多分アレだ。
黒の作務衣なんか着ているからだ。
書道部ならではの衣装だな、うん。普段着ってことは決してあるまい。
『自分大好き 部活大好き 運動大嫌い──曽良三々(ソラサンザン)です』
何だ、そのアピール。キリッと真面目な感じで言ってるけど……ヘンな人出てきたぞ?
『書の道は 日本の心 我がこころ──曽良三々です』
うわ、一句詠んだ。
『式なんて さっさと終われ 帰りたい──曽良三々です』
また一句詠んだ。胡散臭ッ!
「あ、曽良ちゃんだ」
トリさんが普通に言った。
し、知り合いなのか。この人とあの人。
それは僕の輝かしいエリート人生に暗雲が立ち込めた最初の瞬間だった。
ぬめぬめした手で心臓をわしづかみにされるような嫌な感覚に震えたその時だ。
僕のちょっと前に並んでる奴が、くるぅりこちらを振り返った。
「ヒッ!」
思わず悲鳴が迸る。
背の低いおとなしそうな男子なのだが、そいつも作務衣を着ていたのだ。
しかもピンク!
上目遣いに僕の顔を見てニタニタ笑ってる。
何を企んでるんだ。怖い!
同じ列ってことは、この不気味君とは同級生ってことになるのか。
うわぁ……そんな一年間、何かイヤだ。
ヘンな奴ばっかりだ。
ここって確か超有名進学校だった筈……そういう所って意外とこんな感じなのか? 逆にこういう人、多いのか?
「トモダチトモダチ・…・・ハァハァ」
背後のトモダチ攻撃も、かなり精神にくるし。
前の方のニタニタも相当キツイ。
どっと疲れた入学式が終わって、新しい教室に向かったのはそれから二時間後のことだった。
案の定、ピンク作務衣の不気味君とは一緒のクラスで、しかも奴は僕の隣りの席だった。
何だかニタニタしながら僕の方をガン見してくるし。
自己紹介で曽良竜也(ソラタツヤ)と名乗ったってことは、まさか書道部の曽良三々(コレ、本名でいいんだろうか)の弟か何かか? いや、弟か何かだよ、これ。
「いや、そんなのどうだっていいんだ」
僕は激しく首を振る。
こんな奴、これからの僕の輝かしいエリート高校生活には一切、微塵も、一ミリだって関係ないんだから。
上の空でホームルームをやり過ごし、下校前。
僕は慣れない学校中をうろつく。
ブルマーのあの人……トリさん(これも本名でいいのかな)あの女性を探してだ。
あの人を思うと何だか心音が異様に高く、呼吸が落ち着かなくなるのだ。
何コレ? エリート高校生活・まさかのラヴ的展開?
「ああ、ブルマーの女神・・・・・・」
窓から身を乗り出して、天に向かって呟いたその時だ。
「ウヒヒ。ありえない。ラブ? それはありえないよ」
振り向くと、ピンク作務衣の不気味君がニタニタ笑ってた。
「な、何だ。あんた……ヒッ!」
おかしな作務衣集団に取り囲まれていると気付いたのは、僅か二秒後のことだった。
黒作務衣にピンク作務衣、更に緑作務衣と赤作務衣。
僕を囲む四人の作務衣。
この学校、作務衣人口どれだけいるんだ?
「書道部に入れ、原田タロー!」
リーダーっぽい黒作務衣──この人、入学式でヘンな挨拶してた曽良三々(で、いいんだよな? 名前)が僕を指差した。
「何だ、部活の勧誘? いや、あの……ちょっと急いでるんで……」
絶ッ対に関わりたくない!
黒と緑の間をそそくさ通り抜けようとしたその時だ。
ガシッと腕をつかまれた。
「ちょっ、何するんですか。拉致ですか! ちょっとありえない……何この部。そもそも僕は小学校の習字の時間以来、筆も持ったことないんですから」
「いや、貴様は光ってる」
「光って……え、本当に? いや、何せ僕はエリートで……」
何気に僕、照れてしまった。
「眼鏡がピカーッと光って見えて、ヘン」
「メガネ? ブフーッ!」
曽良三々の言葉に、ピンク作務衣が明かに僕を見下した笑い方をした。
そこで僕は我に返る。
ああ、何でこんな集団と関わってるんだ、僕は。
一瞬でもくすぐられたりしてどうするよ。そんな自分を戒める。
奴らを無視して立ち去ろうと踵を返したその時だ。
捕捉しろ! 黒作務衣の命令に、大柄な赤作務衣が「ギャー!」と叫んで両手を広げた。
「ヒッ!」
逃げ出そうとして尻持ちついた僕の眼前。
ドン! 刺激的なシルエットが立ちはだかる。
細身の女性。ピンと立つアホ毛。バインバインと揺れるゼッケン。そこには『TULLY』の文字。ニョキッと伸びた両の足。
「ブ、ブルマーの女神……」
「は? ブルマーノメガミ?」
「あ、いえ、何でもないです。スイマセン。僕がヘンタイなだけです。ごめんなさい」
とっさに土下座し、床から見上げる僕の眼の前。
体操服とブルマーの女性が仁王立ちしている。
「な、何、あの人?」
「何かのコスプレ?」
「ヘンタイ? 私服だったら間違いなくヘンタイだよね」
なんていう周囲のざわめきなんて耳に届かなかった。
「ト、トリ? さん……」
声が震える。僕の頬が赤らむのを見透かすように、ピンク作務衣の不気味君がニタァリと笑った。
「トリちゃん、何してんの。掃除終わったの?」
「トリちゃん、まだ掃除してたの? やることがいちいち遅いよ?」
ブルマーの女神・トリさんはニンマリ笑顔で黒作務衣の手をとる。尻尾振って、お手した感じだ。
「みんなの当番のところ、ちゃんと掃除した。これでワシとトモダチになってくれるんじゃな? ワシ、トモダチいないから」
「うんうん」
作務衣集団、一様に面倒臭そうに頷く。
「うわぁ……」
ほぼ初対面なのに、この女性……ひどく可哀相なかんじだ。
ブルマーの女神に見とれて涙ぐむ僕は、一瞬の隙をつかれて捕まった。
赤作務衣に左右の腕を極められ、廊下をズルズル引きずっていかれたのだった。
連行された先は地下一階。
何とも薄暗い特別教室。
扉上には『書道室』とプレートが貼ってあり、その横に大きな張り紙。『字ャっ部』と大書されている。
「……?」
何だろう、この感覚。僕のエリート人生に若干の陰りが……?