HEY!字ャっ部5(6月・前編)

【6月課題 『はじめての書類送検』】
                    
【6月〈前編〉学ぶ字ャっ部】
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 『字ャっ部』と書かれた部室前で僕は深い溜め息をついた。

 入学して3ヶ月──遂に自主的にここまで来てしまった。

「ふぁ……ぁ……眠い」

 しかも何で書道部なのに朝練があるんだよ。朝七時半集合って何のつもりだよ。

 できれば誰にも気付かれないようソロリとドアを開けコソコソ入っていくと、がっちりピンク作務衣と目が合った。うわ、よりによって朝っぱらからコイツかよ。

「竜也はねぇ、彫刻刀がスキなんだ~」

 奴はニタニタ笑いながら三角刀で石膏ボードを彫っていた。「兄」という字だ。刻字という作品らしい。キレイに字の形を彫って、後でアクリル絵の具を塗ってカラフルな作品に仕上げるという。

 手間がかかった良いものなんだけど『兄』って……兄って何だよ。

「どしたの、タローくん。渋い顔して。寝不足~? 先週発売した例のゲームにハマリ中?」

「れ、例のゲーム?」

 何だよ、それは。僕は首を横に振る。

「いや、昨日の夜中にイタズラ電話があって。それが不快で……てか、気持ち悪くて寝れなかったんだよ」

「へぇ~、どんな~?」

 ニタニタ度、更に増す。静かに筆を走らせていた水口楓もこちらに顔を向けた。

「電話にでんわ。フフッ」

 あー、ハイハイハイ。この最悪オヤジギャグが。

「いや、それがすごい切羽詰った女の声で。それがまた変な声で。『大変よ。自宅に火をつけたから、アナタ、すぐに帰りなさい』って言うんだよ。気持ち悪いだろ。てか、意味分かんないだろ。だってここ、自宅だし。火の気ないし」

「ムフフッ」

「切ったらまたすぐにかかってきて、今度は『第二、第三の家に次々と火をつけられてるわ。早く行きなさい』って。うちにはそんなに家ないって」

 あー、気持ち悪い。呪われた気分だよ。

「へぇ~、大変だね~。ウププッ」

 陰気な笑い声をあげてから竜也は押し黙った。『兄』と彫るのに集中しだしたのだ。どんだけお兄ちゃんっ子だよ、こいつ。気色悪いな──なんて考えながら周りを見渡す。

「……少なくないですか?」

 けっこう広めの部室には僕と水口楓、曽良竜也の三人しか居なかったのだ。

 時計はそろそろ八時を指そうとしている。

「ああ、曽良君なら朝は来ませんよ。常に重役出勤のあの方に、朝練は無理です。今日も二時間目の終わりにノコノコ現れるでしょう。お腹痛かったから、とか言って」

 水口楓が当たり前みたいにそう言った。

「ふーん……」

 朝練命じた当人がそれかよ。

「今日は違うよ!」

 ボードの『兄』から顔をあげた竜也。顔から笑みが消えていた。珍しく怒りの表情。

「うちの兄ちゃん、今日は早起きの精がついてるんだから」

「早起きの精?」

 コイツの言ってること、イマイチよく分からん。竜也は何だか濁った感じの潤んだ目で宙を睨んだ。

「アイツのせいでうちの兄ちゃんがヒドイ目に……!」

「アイツ?」

 何でも曽良三々、朝っぱらから職員室に呼ばれてるらしい。先月の遠足の──というか、鴨はじめの件で。同じ書道部員として奴の暴走を止められなかった事が問題になっているらしい。

「兄ちゃんのせいじゃないよ! 何でうちの兄ちゃんが責任とらされなきゃなんないんだよ。アイツ……鴨はじめ、成仏しろ」

 うーん、確かにあの騒ぎは字ャっ部や副部長個人としては関わりないこと。それで怒られるなら、ちょっと酷だという気もする。

「それより、その話まだ引きずってるのか? あれ、先月のことだろ」

 一つの最悪伝説を作り出したとはいえ、生徒達の間で例のゲロ事件は既に過去の話題となっているのに。

 誰もツッこまなかったけど、当人の鴨はじめは普通にサボリのようだ。

「ねむいけど 早起きしたよ がんばった──曽良三々」

 いつもより三割増しにゆっくり一句詠んで、ダラダラと黒作務衣が現れたのはその直後のことだった。半分、目をつむっている。

「眠いったら、ない!」

 弟や貴公子が立ち上がって、彼の元へと走る。

「兄ちゃん、先生たちにヒドイこと言われなかった?」

「何らかの処分が下されたのですか?」

 よってたかっての質問も曽良三々、ポーっと聞き流している。多分この人、他人の話のほぼ全てをこうやって聞き流しているんだろうな。

「ムニャ。来週、テストだろ。各学年成績上位1名の所属する部には希望の備品を購入してくれるって話まとめてきた」

「え?」

 ゲロの件で怒られに行った筈じゃ?

「墨すり機欲しいって言ってきた」

 墨すり機? 電源入れたらクルクル動いて勝手に墨を磨ってくれるあの機械のことか? 結構高価で、信じられないことに2万円もするという、あの機械のこと? 何の交渉してきたんだよ、この人は。

「はぁ、眠い眠い。しばしの間、おやすみ」

 コテッと寝てしまった。マイペースこの上ない。

「うちの兄ちゃん、話をすりかえるのが上手な策略家タイプなんだ」

 何故か竜也が自慢した。

 それにしてもこの学校、何が何でも部活単位でコトを進めようとするんだな。信じられんわ。

 腑に落ちない思いを抱きながらも、せっかく早起きして来たんだからと僕も筆を持つ。

 はて、今月の課題は何だったっけ? なんて考えていた時だ。曽良三々、ものすごいヨダレ垂らしながらガバッと起き上がった。

「眠い。今となっては信じられない思いだ」

 うわ、びっくりした。

「な、何ですか、急に。邪魔するならおとなしく寝ててくださいよ」

「原田タロー。貴様、言うようになったな」

 何となく凄みを利かせて僕を睨んでから、曽良三々は再び大きなアクビをした。

「小学校の時とかは7時10分に起きて、7時40分集合の集団登校で学校行ってたんだよ。毎日普通に、週5日も! 土日だって学校行ったり、習い事行ったり、遊びに行ったり。体はちっとも休んでないし。その元気はどこからきてたの? まったく、自分が信じられない思いですよ」

「副部長………………」

 それは体力がダメになったのか、或いは人間がダメになったのか。

「放課後、みんなで勉強会を開いてはどうでしょう? 今度のテスト対策です」

 ダメな曽良三々に変わって字ャっ部の貴公子がそう提案した。悠長だな、この人も。

「今度のテストっていったらもう三日後ですよ。みんなで勉強するような段階はすぎましたよ?」

「うそっ?」

 にわかに部室が色めき立つ。こいつら、本当に知らなかったのか? いや、まさか。「ぼく、勉強してません」的アピールだろう。実際は必死でテスト対策してるんだ。そうに違いない。

「だいたいテスト前の大事な時期を、何であんたらとグダグダした時間を過ごさなきゃならないんですかね」

 そう言いかけてハッとする。これは……使えるかも!

 3年生に勉強を教わるというだけの話じゃない。彼らはこの学校の3年生なのだ。学校自体のテストの特色や、各教科、各教師ごとの傾向──つまり僕が今一番欲しい情報を、この人たちは持っている(しかも勉強会なら無料(タダ)だ)! 

 まぁ、鴨はじめには期待してないけど。でも曽良三々や水口楓は見るからに頭良さそうだし。

「ハイ、放課後に必ず伺います!」

 僕はとびきり上等の返事をして、部室を後にした。

 ハイ。僕が甘かったってわけです。



 朝が早かった為、1時間目が始まる前から既にもうクタクタだ……いや、グダグダだ。

 クラス中が「勉強してる?」「いや、全然」というお決まりの会話で溢れている。絶対ウソだ。みんなそこそこ勉強しているはず。

 試しに宮野に聞いてみた。

「あたしはちょっとずつやってるよ。もうテスト3日前だもんな」

 すごい正直な答えが返ってきた。

「じ、じゃあ、島田は?」

「オレ、全然。どうしよう」

「そっかそっか」

 コイツは愛すべき純朴好青年だ。本心だろう。

「今日の放課後、うちの部で勉強会やるんだ。島田も来るか?」

「字ャっ部で? い、いらない……」

 そこは露骨に遠慮した風。そもそも普通はテスト1週間前からは部活休みになるのになぁ。

 宮野が哀れむような目で僕を見た。

「お前、今うちの部って言ったな。もう身も心も作務衣部なんだ……」

「ち、違う。作務衣部? や、やめろよ。その目をやめろ、宮野」

 ふと視線を感じて振り返るとこういう時、必ずピンク作務衣と目が合うし。その瞬間、奴は得意の笑みを浮かべる。

 そういや僕、いつのまにか奴を「竜也」なんて友達呼びしてるし。いつの間にかクラスの中で喋る相手って主に竜也になってるし。

「テストの時だけは兄ちゃんを朝からちゃんと起こすのが、竜也の使命。ウフフ

 独り言か? 気持ち悪いこと言ってるなぁ、アイツ。

「ところで副部長って頭いいの?」

 恐る恐る話しかけると、竜也は心外だというように口を尖らせた。

「うちの兄ちゃんは本気になったら絶ッ対、地球上の誰よりも頭のいい人だよ!」

「ハイハイハイ」

 あー、早起きのせいかな。今日は気力が沸かないな。

「今まで本気になってないのは、それだけの価値がこの世界にないからで……」

「ハイハイハイ。ああ、ダルイ……あっ! 朝から一回もトリ先生に会ってない!」

 ついつい大声を出してしまった。宮野、島田を始めクラス中が嫌な目つきで僕を眺める。

「ちょっ、だからみんな、その目はやめてくれってば」

 トリ先生、大抵いつも校内をウロチョロしてるんだけど。今日は見ない。居たら、何せあの格好だ。目立つこと、この上ないから。

「あの人の顔見ないと元気が出ない……。あの人に苦手の英語を教わりたかったな」

「成仏したんじゃない、トリちゃん」

 ククッと不気味君、悪趣味な笑顔を浮かべる。慣れたとはいえコイツ、最悪なコメント用意してくるな。

「でもさ、タローくん。みんなでと勉強会って楽しそうだよね~。おやつ食べながらさ」

「う、うん、まぁ……?」

 楽しい……楽しいかな?

 何であの人たちと朝も放課後も一緒に居なきゃならないのかって話だよなぁ。微妙だなぁ。

 勉強会が部室と聞いて、ちょっとガッカリしたのも確かだし。字ャっ部の貴公子・水口楓の自宅とかなら興味あったのにな。

「とにかく勉強はするよ。僕はエリート街道を驀進して、いつか石油王になるのが夢なんだ」

「へぇ……」

「それでいつかトリ姫を迎えに……」

 不気味君が珍しく声をあげて笑った。

「タローくん、だんだん崩れてきたねぇ。ブフフゥッ!」



 そのトリ先生、結局7時間目の最後まで姿を現さなかった。1年生は彼女の授業があるわけじゃないので、全く音沙汰が分からない。ぶっちゃけ生死も分からない。心配してると首筋にハァァッと生温かい息がかかる。

「トリちゃんのどこがいいんですか、原田君。あなた、2次元にハマりなさい」

「な、何ですか、いきなり」

 水口楓がヒョイと姿を現したのだ。

「日本人なら2次元です。いいですよ。どんなタイプの子もいますよ」

「2次元?」

 何言ってんだ、この人。

 謎めいた一言と共に僕は首根っこを捕まえられ、部室に引きずっていかれた。

 結局、僕が逃げ出さないように迎えに来ただけのことらしい。

 この人一体、2次元の何にハマってるんだろ? 純粋な好奇心はあったが、怖くて口には出せない。

「墨すり機の為に曽良君は本気ですからね。しっかり勉強しましょう」

「はい……」

 地下1階まで階段を降りていくと、部室から怒鳴り声が聞こえる。

「鴨も呼べっ!」

「ハイ! 兄ちゃん」

 竜也がいい返事している。なるほど、曽良三々は確かに本気のようだ。

「元々ヤンキーの鴨はじめを気に入らなかった曽良君ですが、遠足の件で爆発したらしいですね」

 すっかり他人事のように水口楓が僕に説明した

「あ、タローくん」いそいそ出てきた竜也。「うちの兄ちゃん、普段はポーッとしてるけど一旦、敵とみなすと容赦ないよ」

 竜也、あんたは何でそんなに嬉しそうなんだ?

「小さい頃、近所の気に入らないガキをアパートの2階から逆さづりしたって有名なんだからぁ」

 あんたんとこの兄ちゃん、物凄いな……。

 その鴨は何かを悟ったか、校内から姿を消していた。尤も、例のゲロ事件以降めったに部室に顔も出さないわけだし。

 そんなわけで僕たちは4人でお菓子を囲んで……いや、教科書を広げて勉強会を始めたのだった。

「ボクには下着をくださいな」

「は?」

「パンツですよ」

「ああ……パンを2個ですね」

 パンを2(ツー)か。最悪だな、貴公子のオヤジギャグ。下らない上に分かりにくいことこの上ない。でも最近はもう慣れてきた。

「ボールペンって、とりあえず1回分解したくなる。バラしたら満足する」

 曽良三々も下らないことを言っては、一向に勉強しようとしない。

 テスト問題の傾向を教えてもらおうとか、そういうレベルじゃない。でも僕は頑張ってノートを広げた。

「副部長、数学を教えてください」

「数字並んでるの見ると、ポーっとなってくる……」

 曽良三々、すごい虚ろだ。それよりも、と言って3年の教科書を投げられる。

「貴様、眼鏡なんだから分かるだろ。この問題」

「わ、分かりませんよ。高3の数学なんて。それに何ですか、眼鏡に対するその古典的偏見は」

 曽良三々──ものすごく頭良さそうに見えるけど、こりゃダメだ。この人、とんだ見掛け倒しだ。

 仕方なく高3の数学問題を解き始めた僕の隣りで奴はカックンカックンうたた寝始める。激しく傾いで「ハッ!」と目を覚ましたり。

「ああ……今、首折れるかと思った。うたた寝の首カックンで死んだ人って、歴史上に1人や2人じゃないと思うよ」

「……勉強したらどうですか、副部長」

「ああ、退屈」

「いや、だからこそ勉強したらどうですか」

 なんて言ってたら、突然変な唸り声が響き始めた。

『オウチダイスキ♪ ゲームダイスキ♪ ウー♪』

 自然な動作で携帯に出てる曽良三々。

「い、今の……着信音か?」

 寝ぼけ眼で「ムニャムニャ」言ってた黒作務衣、チラッと僕の方を見た。

「な、何ですか」

 奴の目が急に爛々と輝きだしたのだ。

「警察から電話」

 何でも、トリちゃんが捕まったらしい。

 そう言って、曽良三々はうっすらと笑った。

           6月・後編につづく

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