HEY!字ャっ部18(12月・後編)

【12月課題 『オンブ地獄なのニャ』】

【12月〈後編〉鴨の不気味ドレス】
     12月・前編はコチラ


 トリ先生の今日の格好──体操服。TULLYゼッケン。ブルマー。軍用ブーツ。左手に手袋。

 つまり、いつもと同じ服装なわけだ。

「な、何でだ?」

 勢い余って12月10日にプレゼントを渡して(我ながらすごい中途半端な時期にやっちゃった)、かれこれ1週間。

 渡した時はトリ先生、すごく喜んでくれたものだ。しかし──それっきり。

「着るだろ?」

 どんなに気に入らなくても普通着るだろう。義理でも1回くらい着てくれるだろう。

 だが、トリ先生はいつも体操服とブルマー姿で。

「もしかして、服の意味が分かんないのか? むしろそっちなのか?」

 これは洋服っていって、こうやって着るものなんですよって教えてあげないと意味が分からないのか? どう利用していいか分からない、ただの布切れなのか?

 だとしたら僕……そこまでのレベルだったら僕も、辛い。

「どうしたのじゃ?」

「はっ!」

 その声に我に返ったが、彼女が話しかけたのはどうやら僕じゃなかったようだ。

「うんPチョコをワシにもくれぬか」

「いいよ、トリちゃん」

「運がつきますよ、ウンPだけに」

 ……実に下らない、いつものやりとりだ。

 イベント盛り沢山のこの季節、なのに僕らは同じ面子で毎日ヒマを持て余している。

 本当にどうしようもない、この部。

「企画があって……」

 だからオズオズと赤作務衣が立ち上がった時も僕はウザイとかバカとか、そういうことしか思わなかったのだ。

「ストリートで書をかくってのはどうだ?」

「は?」

 曽良三々に睨まれ、鴨は気の毒なくらい身を縮めた。いや、だから……と口の中でゴニョゴニョ呟く。

「ス、ストリートでパフォーマンスを……」

 しかし字ャっ部の反応は冷淡だった。

「何だ、それ」
「何ですか、それ」
「気持ち悪ーい」
「気持ち悪いのじゃ」

 口々に罵声を浴びせられ、鴨は全身プルプル震わせ始めた。喜びに耐えている、ように見えなくもない。

「本当に気持ち悪い人ですね、鴨先輩」

 言ってから考えた──いや、ちょっと待てよ?

「……いいんじゃないですか?」

 パフォーマンスしながらストリートで書道をするってことだろ。別に悪くないし、気持ち悪くもない。

「久々に書道部らしいいい企画じゃないですか。ぜひ、やりましょう!」

「えーっ」

 鴨を見るのと同じ目で、みんなが僕を振り返る。ちょっ……やめて、その目。

「いや、だって僕らは書道部……。今学期──特に文化祭じゃあまり活躍しなかったじゃないですか。せめて1年の最後くらい……」

 ああ、書道に対して変にマジメな自分がちょっと嫌だ。

「そ、そうだ。いい企画じゃねぇか!」

 鴨も何だか急に元気になった。

「ストリートでダンスしながら、俺様たちは書道したらいいじゃねぇか!」

 ヤンキーの鴨、何だか突然ダンスと書道に目覚めたらしい。どうせテレビかマンガの影響だろう。

「まぁ、2人がそこまで言うならいいけど?」

 渋々といった感じで曽良三々が了承した。きっとこの人、本気で面倒臭いだけだろうな。

 僕としては鴨はじめとセットに見られたという屈辱に打ちのめされているうちに、そのパフォーマンスは終業式が終わってからということで話は勝手にまとまっていた。

     ※

 終業式で久々に聞いちゃった。校歌『ダメなセンタクメン郎』──まだ耳に残ってる。

「♪最近ノドの奥 いつも目薬の味してる♪ センタクメン郎ッ♪ センタクメン郎ッ♪」

 すぐ隣りではピンク作務衣がご機嫌な様子で歌ってる。

 僕たちは自転車籠泥棒をした思い出の駅前広場に立っていた。色とりどりの作務衣着て。

 それでもあまり恥ずかしさや違和感を感じなくてすむのは、今日がクリスマスイブだからだ。

 サンタさんやトナカイさんや、ちょっとエッチな格好したサンタさんがウロウロしている。作務衣だって頑張れば溶け込める光景だ。

 どうせなら道で何か売ろうよ~と不気味君が言い出した。

「マッチ持って来たよ」

 竜也の奴、やけに大きな鞄を抱えていると思ったら、中にマッチ箱が詰まっている。

「マッチ売り? 間違ってるよ、竜也。その話はクリスマスじゃなくて、大晦日だって」

 思わずツッこむと、奴はこっちを見てニタニタ笑ってる。感じ悪ぃ……。

「ところでクリスマスのプレゼントは何をお願いしましたか? ボクはかの名作マンガ全巻セットですよ」

 勝手なこと言ってる人、ここにもいる。この人、受験生なのに。

「ワシはトモダチが欲しい!」

「竜也はウォーターベッドが欲しいな。兄ちゃんは? 何頼んだの?」

「私は今度こそ墨すり機だ」

 原田は? と聞かれ、僕は言葉に詰まった。

 え? うちだけなのか? クリスマスは唐揚げ食べてケーキ食べて、それで終わりって家は。プレゼントなんて貰った覚えはないけどな。

「いや、別に得に物欲は……あ、でも、もし願いが叶えば、ですよ。それだったらトリ先生、今日1日でいいんで語尾に『ニャ』付けて喋ってください。つまり……」

 1.背筋を鍛えるが良かろうニャ。
 2.ビニール袋を食べてはいけないのニャ。

「一人称はワシのままでいいので語尾だけ。ニャを付けるだけ」

「そ、それはどういう……?」

 ダメだ。トリ先生、初めて見る真顔ですごい引いてるし。追い討ちをかけるように水口楓が溜め息をついた。

「はぁ。そっちですか、原田君」

 そっちって何ですか?

「ぼ、僕、別にどっちでもないですし!」

「またまた」

「いや、あの……トリ先生? もちろん冗談ですからね。ト、トリ先生?」

 ああ、言わなきゃよかった。みんなの視線が痛いのニャ。

「と、とりあえず書道パフォーマンスを始めていいか?」

 助け舟を出してくれたのが鴨はじめってところが、また僕のなけなしのプライドをズタズタに切り裂いたわけだ。

 しかし、皆の意識はニャから離れてくれた。助かった。

「パフォーマンスといってもどうするのじゃ? 説明せよ。ん?」

 トリ先生が至極真っ当な意見を述べた直後、全身を硬直させた。

 いやらしげに目を細めて前方をじーっと見ている。これも初めて見る表情だな。

 気付くと皆、同じ顔してある方向を見ていた。

「な、何?」

 そちら側に視線を送り、そして僕はまったく同じ顔になってることに気付いた。

 目の前をカップルが歩いている。

「オンブ~。ねぇ、オンブ~」

 女がオンブオンブ言ってる。

「え~、重いだろ~」

「そんなコトないもん」


「てか、見るからに~?」

 なんて言って男は女をオンブした。字ャっ部に走る緊張感。

「チィッ!」

 曽良弟がすごい派手に舌打ちし、曽良兄が「バカニャ!」と囁くように唸った。

 正直、この人にだけはニャを使われたくないと思ったものだ。

 みんなの不快度とは別に、この時僕としてはちょっと別の想像をしちゃってたわけだ。

「ト、ト、トリ先生、疲れたでしょう。オ、オ、オンブしてあげますよ。ハァハァ」

「オォ!」

 トリ先生が笑い、今度は鴨が唸り声をあげる。大方、僕と同じことを考えていたのだろう。フン、先越してやるさ。

「ささ、トリ先生。僕の背に……」

「おい、それならオマエ、メガネを外してそこに仰向けに寝るのじゃ」

 トリ先生に言われ、僕はその言葉に従った。地べたに寝そべると、前を行くオンブカップル(いつのまにか男が真っ青になってる。脹脛がピクピク痙攣しているのが分かる)ギョッとしてこっち見るのが分かった。

「あの、トリせ……?」

 両瞼にガシッ! と軍用ブーツの底が……。

「ギャッ!」

 無人島以来だ、この刺激。チクショー、またこれかー!

「痛たたたっ! 無理です、無理ですったら! 自転車は無理ですぅ!」

 8月にコレをやられてから僕、確実に視力落ちたし。

 トリ先生は「ム!」と唸ると、さすがに憐れんでくれたのかおとなしく僕の目から降りてくれた。そのままの視線で見下ろされる。

「そうじゃな。オマエの自転車はノロイからのぅ」

 それは蔑みの視線。いや、だから僕は自転車じゃないんで。

「僕、人間です!」

 悲しい意思表示をしたものの、誰も聞いてはくれなかった。

 駅前広場でいい感じのスペースを見つけて、鴨が踊りだしたのだ。足を蹴り上げたかと思うと、脅威の柔軟性でペタッと腿を地面に付けたり。

 本人がやりたがっただけあって、さすがに上手い。

 赤作務衣さえ着てなきゃ格好いい、かもしれない。

 そのうち奴は頭頂を地面に付け、独楽のようにクルクル回りだした。本格的ストリートダンスに、さすがに周囲を行く人たちや、オンブカップルも足を止めてこっちを見てる。

 どうでもいいけどコイツ、いつになったら書道を始める気なんだろ。

 グルグルグルグル──。

 鴨はひたすら回り続けるだけ。そんな高速回転赤作務衣独楽の側に、静かに緑作務衣が近付いたことに気付いたその時。

 チョロチョロチョロ──。黒い液体が舞った。水口楓の手から、まるで醤油を注すように黒いモノが鴨にかけられている。

「何やって……え?」

 墨汁だ、コレ!

 鴨は気付いちゃいない。その墨汁はピロピロと周囲に飛び散り、アスファルトにある意味独創的な模様を描いた。突如、ケタケタ笑い出す水口。

「アハハハ! 美しいですよ~!」

「み、水口先輩?」

「アハハハハ! 美しい黒! まさに芸術!」

 吊事件とかネズミ大連鎖、文化祭での裏切りや尻のイボ──一連の出来事でそんなにストレスがたまってたのか。この人、ものすごく笑ってる。

 曽良兄弟もいい感じで微笑しながら見守るんじゃねぇ!

「キャーッ! 汚っ!」

 アスファルトだけじゃなく、周囲にも墨汁が飛び散ったようだ。悲鳴や罵声と共に、急速に人は去っていく。

 墨汁を、ただ撒き散らすだけの回転機と化した鴨はじめは回り続け、しばらくしてから急にポタッと倒れた。

「お、重い……」

 赤作務衣が黒に染められ、グッショリ濡れている。

「うわぁ、墨汁って洗濯しても落ちないんだよ?」

 竜也が真っ当な感想を述べたのが、妙に浮ついて聞こえる。

 こ、このままじゃまた警察呼ばれる! 

 ものすごく遠巻きにこっちを見る人々の視線はたく敵意に満ち、そして微かな怯えも混じっているのが分かる。

 僕たちに前科はない……筈だけど、何とも後ろめたい思いに苛まれているのは事実だ。

 カゴを盗んだり(いや、盗んじゃいないんだけど)、色々吊るしたり(いや、僕には関係ないんだけど)、叩けばホコリが出る感じで何とも……。

「重いぃ……」

 今にも泣き出しそうに、鴨が呟いた。

 ボトボトと墨汁を垂らす、何とも気の毒な姿の奴を連れて、結局僕らはトボトボと学校に帰ることになったのだった。

「なかなかないよね、こんな酷いクリスマス・イヴって」

 竜也が呟くと、水口楓がケタケタ笑い出す。曽良三々は俳句(?)詠みながらうんPチョコ齧ってるし。トリ先生は部室を出たり入ったり。落ち着かなさげにウロチョロしているだけだ。

 1時間程経ったろうか。僕らが書道室で手持ち無沙汰にポーっとしてると、しずしずと鴨はじめが入ってきた。

「す、すまねぇな」

 さすがに反省した声色。今回の件に関しては別にコイツが悪いわけでもないんだけどな。

「鴨せんぱ……何そっ、グッ!」

 ピンク作務衣がいちいちうるさい。ムググゥ……と唸っている。

「に、似合わないか?」

「ム、それは……。鴨先輩、さすがにそれは……」

 その会話と様子に微妙な違和感を覚えて、僕は初めて鴨の方を振り返った。目が合った瞬間、奴はポッと頬を赤らめる。

 何だ、こりゃ? 鴨はじめは白いピラピラのワンピースに身を包んでいたのだ。サイズが著しく合ってない為、パッツンパッツンで服は今にも弾けそうである。

 何って僕、この時「ブッサイクだなー」なんて感想しか抱かなかった己に対して活を入れたい気分だ。

「……待って?」

 白いワンピース。クネクネと腰を振る鴨はじめ。

 この白いワンピース──ビラビラスカートを指先でつまんでクルリと回る鴨はじめ。

 てか、この白いワンピース!

「鴨ちゃんがさっき墨まみれになって哀れだったから、この服をやったのじゃ」

 その瞬間白い鴨がプッと鼻血を噴いた。

「服ッ、貰った。このヒラヒラかわいい服、貰った!」

 そうだよ、この白ワンピースは……この服は僕が……。

「鴨先輩ッ!」

 僕は鴨の腕をつかんだ。そのまま廊下に引っ張っていく。

「どうしたのじゃ?」

 悪意のない笑顔でトリ先生、僕達たちを見送った。

 そう、僕はトリ先生に対しても腹を立てていた。

 せっかくあげた……僕が1日かけて選んだ服を……。貸した、ならいい。やった、って何だよ!

 だが、如何せん。この場合、怒りの矛先は鴨はじめに行くわけだ。

「鴨せんぱ……いや、鴨!」

 曽良三々や水口楓には遠慮と言うか恐怖があるけど、コイツに対しては僕も高圧的に立てる。

「あんたとは1回話つけようと思ってたんだ! トリ先生の側をチョロチョロと……。相手にもされてないから黙ってたけど、あんた本当に邪魔なんだよッ! そもそも何であんたがコレ着るんだよ。脱げよ! クネクネすんなよ。目覚めたのかよ、気持ち悪い!」

 僕はワンピースを無理矢理引っ張った。

「あんたは赤作務衣でも着てろ!」

「やめてぇーっ」

「脱げーッ!」

 背後からの視線。ハッと振り向くとトリ先生、目を見開いて僕たちをガン見してる。

「オマエら、そういう……?」

「だから違いますって!」

 て言うか、あんたもあんただよ! 僕を何だと思ってんだよ。

 僕が泣き出しそうに顔を歪めたからだろうか。トリ先生が「ガオッ!」と両手を挙げた。

「ワシがオンブしてやろう!」

「は? え? な、何ですか、いきなり……アッ!」

 抵抗する間もなく、僕はヒラリとトリ先生の背に負われる。同時に肩にファサッと何か黄色い布がかけられた。うわ、コレ黄色作務衣だ。

「ソォーレ、ソレソレ!」

 異様な興奮状態でその場で回転しながらトリ先生、チラッとこちらを振り向いた」

「ウレシイか?」

「う、うれしい? もちろんうれしいですけど……」

 もしかして、この人なりに慰めてくれてるのか?

「コレがワシからのクリスマスプレゼントじゃ。ソォーレ、ソレー!」

 回転が激しくなり、僕は「キャー!」と悲鳴をあげた。

「楽しいか? オマエが喜んでくれたら、ワシはとても嬉しいのじゃ」

「!」

 心臓、ドキリと高鳴った。回転の酔いだけじゃない。ダメージが、心を抉るよう。

「ト、トリ先生……」足からヘナヘナと力が抜けて、僕は彼女の背をズルリと滑り落ちた。「まさか僕、こんなことで……?」

 腰を抜かした僕はみんなに取り囲まれた。その表情から、みんなが僕を心配してくれているのは分かった。

「エイッ!」

 始めに曽良三々が僕を背負った。こっちの了承も得ずにイキナリだ。

「ワッ、何するんですか!」

 抗議の声も空しく、今度は竜也の背に預けられる。

「わ、重ーい。はい、パス」

 次は水口楓の背。

「これがボク達からのクリスマスプレゼントですよ。楽しいオンブです」

 ……うわぁ、いらねぇ。

 最後に。ここだけは来たくなかった鴨の白いピラピラ背へ。

「キサマのこと、実はちょっとは買ってるんだぜ」

 なんて言われて背負われた。

 トリ先生が嬉しそうに僕らの周りを踊り回る。

 おんぶ地獄だ。て言うか、ちょっとしたおんぶ地獄なのニャ。



 そして大晦日の夜。竜也が律儀に僕の家にやって来た。

「約束通り、マッチ売りに行こうよ」

「………………」

 そんな約束、した覚えねぇ!

           1月・前編につづく

    このエントリーをはてなブックマークに追加 




良かったらマンガもみてね。こっちもアホだよ。
          ↓ ↓ ↓
【はじめましての方はこちらへどうぞ】