HEY!字ャっ部17(12月・前編)

【12月課題 『オンブ地獄なのニャ』】

【12月〈前編〉尻のイボ】
 11月・後編はコチラ


「脱げーッ! マワシになれーッ! そして四つに組めーッ!」

 トリ先生のズレた応援。その高い声が響き渡る中。

『ピーッ』

 試合終了のホイッスルが鳴った。

 球技大会──サッカーの試合。字ャっ部対理科部。

 僕は勉強ができるだけのガリ勉とは違う。運動だってカンペキにこなすんだと意気込んで臨んだものの、ものすごい負けっぷりを喫してしまった。サッカーでこんな点、見たことない。

 160─1。

「相手、面白かったろうなー」

 1分間に約2本ゴールした計算になる。

 無論、1の方が僕たち字ャっ部。その1点にしたって宮野(人数足りないから無理矢理入ってもらった)が必死こいて返してくれた点だし。

「あたしらは陸上部の出番があるんだよ!」

 ものすごく怒っているのは、無理に字ャっ部の助っ人に駆り出された為ではなく、きっと不甲斐ない結果しか残せなかった自分に対しての腹立ちだろう。うん、彼女はそういう子だ。

 恥ずかしながら字ャっ部の面々はボールに翻弄され、ただ立ち尽くしていただけだ。水口楓はともかく、運動くらいできなきゃ価値ないだろう的な鴨はじめですら。

 第一、作務衣でサッカーするなよ。動きやすいようでいて、やっぱり動きにくいんだよ。ジャージでいいだろうが。このメンバーの中で一人でジャージ着てる自分が逆に恥ずかしいわ。

 いや、そもそも何でこの時期に全校球技大会をするのか? この学校、3年生の受験のこととか本気で何も考えてないのか?

 僕は不平タラタラだった。サッカーに負けたからではない。何かもう……全てに対して。

「ちょっとでも動くの、本気で嫌だし」

 堂々と言ってのけた曽良三々はあったかい教室の窓辺から観戦してるだけだし、160点取った理科部(そう、僕らは理科部に大敗したのだ)はチラチラこっち見て笑ってるし、宮野は怒るし、島田は逃げるし。

「痛ッ!」

 あ、何? 足首痛い。90分間走り続けたからひどいダメージが……いやまぁ、実際は20分くらいでバテたんだけど。

 カックンカックンしながら歩いていくと竜也にニタッと笑われるし。

「はぁ、疲れた……」

 溜め息と共に涙が滲む。

 この間から歯折れたり。僕、ヒドイ目に合ってばかりだ。くたびれてばかりだ。

「あー、ダルイ。やってられない。ホント、普通に週休3日は欲しいよな。で、それとは別で月に1回、1週間の連続した休みがあって、更に3ヶ月のうち1ヶ月は休みで……。あー、何せ休みたい」

 ああ、曽良三々みたいなこと考えてる、僕。ちょっと自分が信じられない思いだ。字ャっ部に入って僕、変わった? て言うか曽良三々っていつもこんなことばっかり考えてるんだろうか。

 なんて考えながら午後からの授業(午前中は球技大会。午後から普通授業をするこの変な学校)をウトウト寝て過ごしてしまった。

 そして放課後。当たり前みたいに地下1階へ向かってしまう、僕。すっかり字ャっ部の一員である。

「さすがに今日は反省会だ。サッカーで負けたのは仕方ない。1番の問題は副部長のサボリだ。そこは追求。そこは絶対に追求の方向で……」

 ブツブツ言いながら部室に入った途端、ズン! 重たい空気の塊が両肩に落ちる。

「うわ、テンション低っ。どうしたんですか?」

 みんなズドーンと落ち込んでいる様子。

「し、尻にイボが……!」

 え、何? 入口脇で壁に向かって立ち尽くしているのは水口楓だ。

「尻のイボが……尻のイボが……」

 ブツブツ言ってる。ちょっと異様な光景だ。

「み、水口先輩? しりのいぼって?」

 緑作務衣の肩をそっと叩くと、奴は「ヒッ!」と悲鳴をあげた。

 身を縮めてカタカタ震えだす。こちらをチラチラ見やるその目は怯え、わなないているではないか。

「ケツにイボができたらしい」

 助けを求めるように部室内を見回すと、鴨がこっそり教えてくれた。

「ハァ? 尻にイボ……す、座りすぎか何かですかね?」

「ヒィィィィーッ!」

 小声のイボという言葉に、水口楓が悲鳴をあげる。

 この人、幾分ノイローゼ気味らしい。そういや球技大会の間中ポーッとしてたもんな。

 ここ数ヶ月、彼なりに色々あったもんな。遭難したり吊るされたり、ネズミに襲われたり、フルート部を作ったり失敗したり。

「痛くて怖くて不安で……イボが……イボが…………」

「み、水口先輩? 病院に行ったらどうですか。皮膚科? 皮膚科でいいと思いますよ」

 しかし自称・字ャっ部の貴公子(いつの間にかその名称に戻ってた)は聞いちゃいない。

「遂にイボに顔ができて喋りだすんです。僕の尻は喋るんです。イボが口から液を出して、その汁がかかった所には小さなイボがいっぱいできるんです。だんだんその先っちょが割れてきて顔ができて……」

「や、やめてください。水口先輩っ……」

 想像しそうになるのを必死で自制する。ヒィ、気持ち悪い!

 こういう時(ある意味)癒しになる(かもしれない)曽良三々の方をガン見すると、奴はいつもの感じでうんPチョコ食べてた。すごく遠くの方見てる。大のお気に入りですか! 小学生じゃないんだから、うんPネタをここまで引きずらないでくださいよ。

「もぐもぐ。絶品! もぐもぐ」

 それは新商品らしい。うんPチョコ・いちご味。お馴染みの巻き巻きの形がキレイなピンクで……何だろう。無闇にリアルな感じで嫌だ。

 食べながら奴はチラッとこっちを見た。

「うちの学校、近所から逆さ吊り校って呼ばれてるらしい。まったく、不名誉な名称だよね」

 今度はズズズとお茶を飲んでる。

「そ、そうですね。事件でも起きそうな名前ですね……」

 誰のせいだと思ってるんですか! 鴨に水口、島田。果ては自分自身まで! ことごとく吊るしまくったのは曽良三々、あんたでしょうが。

「原田も食べるか? うんPチョコ・クリスマスヴァージョン」

「いりませんよ。いちご味が何でクリスマスヴァージョンなんですか。意味がわから……えっ?」

 クリスマス? ああ、今月クリスマスだった。

 高校生なのにこんな大掛かりなイベント忘れてたよ、僕。日常がいっぱいいっぱいで、だから。

 クリスマス──という響きに条件反射でトリ先生の方を見やると、彼女は水口の横で壁に頭を付けてうなだれていた。

「この1年を振り返って……」

 何か反省してるっぽい。

「1日1人のトモダチを作れば、1年経ったら365人のトモダチができてるのに……。なのにワシにはトモダチいない。ただの1人も!」

 ブツブツ言ってる。

「イボとイボがくっ付いたら小さな赤ちゃんイボが生まれます。イボはだんだん年老いていきます。イボの一生は儚くも、意外と長いものなのです……」

「トモダチ。できれば人間の女の子のトモダチ欲しい……」

「イボには種類があります。大きく分けて三つです。見分ける術はとても難しく、切除したイボの成分を調べなければなりません。これはつまり、イボの死を意味します」

「トモダチトモダチトモダチ……」

「イボイボイボイボイボイボ……」

 ああ、やめてくれ! こっちがノイローゼになりそうだよ、この部室。

     ※

「あたし、どうかしてたよ。水口も曽良もあんな変人。どっちもどっちだよな」

 ショッピングセンターを歩きながら宮野が言った。

「え、ネズミ大連鎖の反省? 今頃?」

 隣りを歩く水口が憤慨する。

「天下のイケメン部を捕まえて、どっちもどっちと言いましたね」

 天下のイケメン部って何だよ。大体、何でこの人が澄ました顔してここにいるんだ?

 今日は土曜日。

 僕と宮野は先月できたばかりの大型ショッピングセンターの2階──おしゃれ広場(って書いてあるんだもん!)を歩いていた。

 そこへイボ治療帰りの水口楓と鉢合わせしたわけだ。この人、数ヶ月ぶりに見る晴れやかな顔してる。

「尻のイボは座りすぎということらしいです。事務職の人はよくなる症状だそうです。薬を塗ればすぐに治ると言われ、いい座布団を教えてもらいました」

 聞いてもないのに報告して、そして誘ってもいないのに付いてくる。

「はぁ、良かったですね。イボが割れて、小さいイボがビッシリできたりしなくて」

 せめてもの嫌味のつもりでそう言うと、水口楓は青い顔して「ううっ!」と呻く。一瞬、目が虚ろになってた。イボ恐怖のフラッシュバックが襲ってきたらしい。

 ──しかし本当にコイツ、邪魔だなぁ。

「じゃあ、僕らこっちを見るんで」

 さり気なく追い払おうとしたものの、元々この人はこういう性格だ。空気を読んじゃくれない。イボが思いの外、大したことなかった喜びから踊るような足取りで僕たちに付いてくる。

「……うっとうしい」

「は? 何か言いましたか」

「……いいえ」

 実はクリスマスパーティを計画している僕。

 無論、部活単位でじゃない。その日くらい字ャっ部の例の面々とは顔を合わせたくないものだ。と言っても、面子は宮野と島田なんだけど。

 僕はそこにトリ先生も誘おうと思っているのだ。字ャっ部じゃない。トリ先生、個人。

 その時に渡すプレゼントを、今日は選びに来たわけだ。

「あっ、この服なんていいんじゃないか」

 宮野が僕の背中をバシバシ叩いた。

「痛ッ! 痛いって!」

 彼女はスポーツ用品店前のマネキンを指差していた。『活』と胸にプリントされた、すごいシブいジャージを着てる。

「………………アレを体操服の上から着ろってか?」

「格好いいぞ。ウケるぞ」

「ウケ狙いのプレゼントじゃないんだって!」

 ああ、失敗だったかも。分かってた筈だ。だって宮野はこんな趣味。

 女性のものは女性に選んでもらうのがいいかなと思って、無理矢理頼み込んで付いてきてもらったんだけど。冬休みの宿題全てを肩代わりするという契約で。

 服は選ぶのが難しい。好みが大きく分かれるからだ。

 僕としては小洒落たアクセサリーか何かをプレゼントして株をあげたいところだったが、しかし──。

 いかんせん、トリ先生に何よりも今一番必要なのは服。だろう?

 年中体操服とブルマーで寒くはないのか。体操服とブルマーの洗い替えはたくさんあるのに、他の服は1着も……そういう問題でもないけど。

「ちゃんとした服を着て欲しいんだ、あの人には」

 きっと似合うし、カワイイ筈だ。

「だって、あの人はアレが正装なんだろ。無理に人間らしい、ちゃんとした服を着せる必要なんてないじゃないか」

「あんな正装あってたまるか! それに宮野、何か色々失礼だぞ、言い方が」

 ハイハイ。面倒臭そうに宮野が首を振る。

あ~、ハイハイ。ホレ、アレなんていいんじゃないか? ホラ、ワンピース」

「そ、そうか?」

 一軒の店のショーウインドウに飾られていた白いビラビラワンピース。

 いや、ちょっと……さすがにヒラヒラキラキラしすぎじゃないか。

 トリ先生が気に入るとは思えない。女性というより、男の願望の顕れのような服だ。いや、でも意外とこういうのを着てみたいと秘かに思ってたりするものなのかな、女の人は。

 宮野に忌憚なき意見を仰ごうとそっちを見るが、彼女はすっかり退屈した風にそっぽを向いてた。

「あー、いいんじゃないか。それにしろよ。すごくイイぞ!」

「宮野……」

 付いてきてもらった意味、あんまり無い。

「は、原田君、あなたそういう……」

 今回の買い物の意図を全く知らない水口楓が、口に手を当てて僕から一歩離れた。

「念の為言っときますよ。僕が着るわけじゃありませんから」

 もうコイツら、嫌だ。


 1万4千円もしたのに、ノリで買ってしまったそのビラビラワンピが入った袋を抱えて、僕はトボトボ家路についた。

「トリ先生、喜んでくれるかな。無駄な買い物したんじゃないかな……」

 押し寄せる後悔。不安の中でも僕の胸はキュンキュン疼いていた。

 これをプレゼントする時の様子を頭の中でシュミレーションしてみる。

 トリ先生が喜んで僕の周りをフワフワ踊ってくれたりして。僕も一緒に踊ったりして。

「ウフフフフフ……」

 ドサッと重いものが落ちた音に我に返ると、買い物から帰ってきたお母さんが僕の方見て立ち尽くしていた。

「あんた、その服まさか……」

「ち、違うよ! 僕が着るわけないだろ」

 どいつもこいつも嫌になる。

         【12月・後編につづく

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