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【前回のお話はコチラ】
部屋の中はシン……としている。桃太郎がいない。いつもウザイくらいに部屋に居座っている桃太郎が。そういや例の雨乞いの一件以来、かぐやちゃんになついて竹やぶに出かけたりしている。
「イェッヘーイ!」久々の1人をアタシは謳歌した。この部屋、1人きりだと広く感じられる。「前転しちゃうー! そぉーれ、ゴローン!」
コローンと転がってたら、押入れフスマが数ミリ開いた。一寸法師が顔を強張らせてこっちをじっと見てる。アタシと目が合うと、ピシャッとフスマを閉めた。
我に返って恥ずかしくなり、アタシは最後の前転を途中でやめた。その時だ。
「アッ!」
奥歯に激痛が走った。ガクリとその場に横になる。
「どうしたでゴザル、リカ氏(うじ)?」法師が慌てて駆けてきた。
「歯、歯が痛い……」噛んでたチョコレートが虫歯にへばり付いて強烈な痛みが。前から冷たい物がしみて、ヤバイと思っていた所や。「アアッ、歯が……歯がッ!」
口で息をするのも痛い。スースーと空気が触れるだけで痛い。
「拙者、リカ氏の口の中に入ってチョコレートを剥がすでゴザルよ」
法師が妙なことを言い出した。
「やめて! そんなん気持ち悪い! 気持ち悪いからやめて!」
さっきまで何ともなかったのに。突然のこの激痛は何や?
「クソゥ! 歯医者はキライや」アタシはドンと床を叩いた。「幼少期、怖い歯医者に当たってしもてん。ヘンな病院で、診察室が和室やねん。障子で仕切られた狭い個室の中に診察の椅子があるんや。怖くて泣いてるアタシは保護者と離されて一人で連れて行かれて。暴れるから危ないって言ってベルトで手足を固定されて、更に看護師さん三人がかりで押さえつけられたんや。コレ、ホンマの話やで!」
「そ、そうでゴザったか」
「その後、何年もあの時の夢見てな……。何回も何回も見てるうちに、医者の顔面がピカーッと光るようになってきてん。こりゃもう完全にトラウマやで?」
あれ以来、歯医者には行ってない。歯が痛くなると薬を詰めて誤魔化している。しかしそれも限界のようだ。
「アカン! アカンって! 絶対行かない。歯医者だけは怖いねん。歯医者に行くくらいなら宇宙の彼方に消えてしまいたい」
「宇宙の長い歴史に比べたらリカ氏(うじ)の一生など、ほんの一瞬でゴザル。その中で歯医者の時間など一瞬の中の一瞬ではゴザらぬか」
法師がアタシの口を覗き込む。
「そんな慰め方せんといて! 否応なしに怖さ倍増や! ああぁ、いっそ人間に歯なんてなかったらいいのに! 人類総入れ歯ならいいのに」
虫歯になったら部分交換。痛んできたら全交換。眼鏡みたいなもんや。数年に1回、オシャレ感覚で入れ歯を交換する文化。ピンクの歯とかラメ入りの歯とか、ダイヤモンドの歯なんてのも出てくるかも。それなら歯を選ぶのも楽しいやろ。そんな世の中ならいいのに。
恐怖のあまり、アタシはヒドイ妄想を口走っていた。
「グー! ググーッ!」
窓の外からはかぐやちゃんの腹の音が響く。更に玄関前には人の気配。扉をドンドン叩くのはカメさんや。アタシを追ってきたらしい。
「ずっと考えていました。確かにリカさんの言う通り、俺のおかげでこのアパートはきれいに生まれ変わることができたと思います。でもまだ足を踏み入れていないエリアがあるのです。気になって気になって仕方がありませんッ!」
そんなんどうだっていいねん!
「ググーッ、グググーッ!」
外からはムカツクくらい大音響の腹の音が。あの人、最近は腹いっぱいにごはん食べてるやんか。どういう胃袋してんねん!
「リカさん、付いてきてください。掃除エリアが」
アタシは「ガーッ!」と吠えた。威嚇の叫びや。
「今はそれどころ違(ちゃ)うわァッ!」
「34.最後の刺客・根田太郎登場~不毛アパート全員集合!」につづく