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「ちょっと覗いてみるだけ。中には入らへん。せめて、この音の正体だけでも……」
アタシの右手は自然に動いていた。ノブは自然に回った。このアパートでは無用心なことにみんな鍵を掛けていない。ドアの隙間から、轟音はますます轟いた。中は真っ暗。玄関から差し込む明かりを頼りに、アタシらはコソコソと中に入って行った。
「誰かおるっ!」
桃太郎がアタシの腕をつかんだ。止める間もなくカメさんが部屋の電気をつける。白熱灯の下、浮かび上がる光景。
「グーッ! ググーッ!」
8畳の板間の真ん中に大きなフトンが敷かれている。家具は何もない。フトンのみ。フトンオンリー。その中央にこんもりとした膨らみが。音はそこから聞こえていた。
「あのぅ?」人がそこに横たわっているのは分かった。
「こ、この音はイビキのようじゃな」桃太郎、怯えた様子でフトンを見やる。
「そう言えば、大家さんが言っていました。この部屋に住んでいるのは三年寝太郎さん──根田(ねった)太郎さんだと」
根田太郎……ねったたろう……ねったろう……ねたろう……寝太郎?
「また太郎さんか! このアパート、太郎さん多いな」
あらためてツッこむ。男7人中3人が太郎やで?
「しーっ! リカ殿、静かに」
桃太郎が口に指を当てるも、アタシは急にどうでも良くなってきた。ひそめていた声のトーンを戻す。急に怖さが失せたのだ。
「大丈夫。この人、ガン寝や。絶対に目ぇ覚まさへんわ。ホラ、見てみ。寝てる人の鼻チョウチンなんてアタシ、初めて見るで」グースカ寝ている根田さん。呼吸のたびに片鼻からプクーッとチョウチン出ている。「ヒッキーで3年間この部屋にこもってるって人やな。だからこんな時間でも寝てるんや。食事とか家賃はどうしてはるんやろ。謎、多すぎやな」
「元国際警察(インターポール)の敏腕捜査官だったけれど、ある事件で恋人を殺され引退──天才探偵として日本警察と契約を結び、迷宮入り事件のみを取り扱うようになったのでは? 彼の天才っぷりには一定の周期があり、3年活動しては3年寝て。その繰り返しで、今は休眠期に入っているのではないでしょうか」
カメさんがおかしなことを言い出した。何やソレ。この人、どこまでドリーマーなんや。