HEY!字ャっ部15(11月・前編)

【11月課題 『みんな深爪』】
                                          
【11月〈前編〉フルートの貴公子・水口楓の華麗なる一日】
                10月・後編はコチラ


 部室に入ってギョッとした。

 トリ先生、仁王立ちで頭をグルングルン。風車のように回転させている。すごい笑顔だ。さすがの僕も、ちょっと引いた。

「な、何してるんですか? マジナイですか?」

 するとトリ先生、こっちをガン見する。

「こうすると体の脂肪が遠心力で頭に行って、脳味噌が増えるんだって」

「そうですか……」

 曽良三々に教えてもらったらしい。ああ、トリ先生が不憫でならない。

 こんな風に常軌を逸した変な動きをしては、時々部屋の隅でゲポーッと吐いてる。

 正直、見てるのが辛くなる光景だ。この人、何とかしてあげたい……切にそう思う。最近、特に。

「急げよ。曽良君が来るまでにちゃんと準備しておくのじゃ」

 ゲロ拭いながらトリ先生がこっちを見る。

 ハイと返事してから僕は文化祭での販売用色紙の袋詰め作業に取り掛かった。ちょっと理不尽な思いを抱きつつ。

 だって文化祭準備でマジメに働いてるの、僕だけだ。

 副部長もその弟も、水口楓もここには居ない。

 勉強とか家の手伝いとか、子供みたいな理由を付けてはいるが、要はサボリだ。鴨ですらゴミ捨てに行ったきり帰ってこない──かれこれ30分。学食でアイス買って食べてるのはバレバレだ。

 ここにいるトリ先生も「よっぱらいの真似~」と意味の分からないことを言っては千鳥足で僕の周りをヨロヨロ歩いてる。これはこれで、サボってくれた方が幾分マシな感もある邪魔っぷりだ。

「うぃ~っス。うぃ~っス」

 フラフラしてはニコニコ笑ってる。

「………………」

 僕はそれでも、この女が好きなので黙って彼女の為に足元の障害物を除けてやった。

「うぃ~っス。アハハ」

 トリ先生、よそ見しながらふざけて歩いてたところだ。空のゴミ箱抱えて帰ってきた鴨はじめとぶつかった。

「イテッ!」

 コテーンとこけてる。

「大丈夫ですか? 鴨先輩もケガはないですか?」

 明かにトリ先生の動線が悪い。フラフラしすぎだ

 鴨も彼女を庇うように倒れ、顔面を床に打ちつけた様子。軍用ブーツでちょっと蹴られて、奴は微かに微笑している。

「あ、大丈夫。むしろ大丈夫……」

 ところがトリ先生は憤然とした様子で起き上がった。

「ワシの通り道に居るオマエが悪いのじゃ!」

 この人、暴君か? ものすごい理屈だ。

 軍用ブーツのギザギザの底で、赤作務衣の背をドカドカ蹴ってる。

「あうっ……うっ、うんっ!」

 鴨も何だか嬉しそうだ。止めるのもアレな感じなので、僕は両手で顔を覆った。

「羨ましくナイ! 羨ましくなんかナイ!」

 でもちょっと……鴨はじめの恍惚の表情に嫉妬してたりする。

 トリ先生は散々鴨を蹴ってから、急に自分の足首持って「痛ててッ!」と言い出した。そういや例の無人島でやった足首カックン。アレのダメージが今もって完全には癒えてないらしい。

 鴨は無言で、しかし幸せそうに堪えている。

 コイツ、面白くない事に最近地味に株を上げているっぽい。

 修学旅行の例の騒動──ネズミ大連鎖では曽良三々、水口楓両者に絡みつくネズミをこいつが必死になって追い払ったらしい。

「あの時の鴨はちょっとかっこ良かった……」

 後々、曽良三々がボソッと言ってたものだ。遠い目しながら。

 何となく面白くなくて、僕は鴨はじめの色紙作品の端をこっそり折り曲げた。

 ──売れ残れ!

 我ながらちょっと陰湿だ。でも字ャっ部の中ではごく自然な行動のように思える。

 そこへ曽良三々が何食わぬ顔して入ってきた。僕の方をチラッと見るや、意地悪く笑う。

「………………」

 見られてたっぽい。

「いよいよだ 明日はついに 文化祭──曽良三々」

 いまいちパッとしない句を詠んでるところをみると、鴨の色紙なんてどうとも思ってないらしい。定位置に座ると難しい顔して己の両手をじっと見つめてる。

「文化祭に向けて、やっぱりキャッチーなギャグとか考えた方がいいのかな」

 ほら、変なこと言い出した。靴を脱いで、左右の足の裏と裏を合わせてる。

「エジプト型とギリシャ型! エジプト型とギリシャ型ッ!」

 低い声で、やけに歯切れよく言ったりしてる。

 何? それがあんたのギャグなのか?

「大丈夫です。あなたの俳句は既に立派なギャグですから」

 すると曽良三々、複雑そうに顔を歪めてこっちを見た。

「喜んでいいのか、それとも怒るべきなのか……」

 ……怒っていいんですよ?

 そんな風に準備は進んだ。

 みんながちょっと浮かれてる。みんながちょっと楽しそう。

 そう、いよいよ明日から文化祭だ。文化部にとって、その2日間は最大の晴れ舞台となるのだから。

 私立の金にモノを言わせて、メン高文化祭は結構派手だ。大学並みにタレントを呼ぶから、近隣の学生もいっぱい来る。

 我が字ャっ部も(我が、とか言ってる自分に気付いてちょっとヘコんだ)講堂に副部長の大字書を飾ったり、書道室と周囲の廊下をみんなの作品で埋めたりと、事前準備は大忙しだ。

 ささやかながらそれぞれが書いた書作品を売るコーナーも用意している。

 みんなで作品作って、意見交換して……すごく充実した数週間。初めて僕、自分が字ャっ部の一員だと思えたものだ。心から。


 そして文化祭当日──。

『初めての書類送検』
『孤独死』
『ネズミ大連鎖』

 今までの各月課題作品を並べて展示してある廊下を歩いて、僕は今更ながら薄ら寒いものを覚えた。

「何だ、この課題は……」

 宮野と島田が廊下の向こうからチラチラとこっち見てるが、決して近付いて来ない。さみしい……。

 毎月の展覧会でもたくさんのお客さんが列をなして見に来てくれるというのに、今日は部室前に誰1人いないのだ。

「さみしい……」

 部室内から曽良三々の呟き。手持ち無沙汰な僕もシン……と静まり返った室内に入って行った。

 文化祭特有のざわめきや笑い声、楽しい音楽がかなり遠くに聞こえるのが、さみしさを更に助長する。

「大変だよ、大変だよッ!」

 時代劇の下っ端ノリで駆け込んできたのはピンク作務衣だった。

「ム。どうした、竜也?」

「兄ちゃ……ハァハァ。た、大変。向かいで……」

「?」

 只事ではない様子だ。向かい? 廊下を挟んで向こうの教室からは楽しそうな声やフルートの調べなんかも聞こえてきて。

「フルートの……、フルートの……!」

「え?」

 竜也にやたら手招きされるものだから廊下に出てみると、はす向かいの教室がやけに賑わっていることに気付いた。

「何をやってんだ。チッ! 女子ばっかり」

 鴨の言う通り、教室に群がっているのは全員女子だ。

 ヒマなのと、興味本位もあって僕もその中に入っていった。教室の中央から聞こえてくる軽やかで楽しげなフルートの調べ。

「!」

 吹いてる奴見てビックリした。

「み、水口楓…………」

 いつもの緑作務衣は脱いで、昔の外国貴族っぽい変なビラビラ服着てる。またおかしな具合に似合うものだからコイツ、どうだろう。

 1曲吹き終わると水口楓、女子たちに向かってニッコリ。いい笑顔向ける。

「フルートの貴公子・水口楓です。みなさん、フルート部へようこそ」

 自分で言ったぞ! フルートの貴公子ってこの人、自分で言った。

「フルート部だって? この裏切り者~!」

 竜也が悔しそうに奥歯をギチギチ噛み締める。

 人数少ないくせに裏切りが多いな、うちの部。しかも今度は字ャっ部のナンバー2水口楓か。鴨の時とは違い、さすがに衝撃は大きい。

「水口様、もう1曲!」

 黄色い声をあげる女子たちに水口楓はニッコリ微笑んで頷いて見せる。

「なるほど。フルートの貴公子か……」

 僕が呻くと、曽良三々が叫んだ。

「何がフルートだ! アイツはアニメの貴公子だ! アニメ部でも作ってろよ!」

 叫ぶソバから摘み出される僕たち。

     ※

 文化祭第1日目は最悪な形で終わった。午後6時までの時間が考えられないほど長いこと。

 貴公子が去って、残ったのは天然とヤンキー、不気味君、あと僕(エリート眼鏡)になった。それからトリ。

 よりによって一番の舞台・文化祭で仲間割れとはな。

 部長として怒り心頭の曽良三々、やっぱり奥歯ギチギチ噛み締めている。

「……吊るしてやる。アイツ、絶対吊るしてやる」

「やめて下さい。あんまりやったら今度こそ法的措置とられますよ」

             11月・後編につづく

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