不毛な見栄~それが女心というやつなの?3

HJMG!不毛さん21
8.不毛な見栄~それが女心というやつなの?3
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 アパートへと向かう細い道。歩道と車道を隔てる柵に、チャラチャラした若者がもたれている。脇をすり抜けようとしたアタシの前に、若者が突然足をニュッと伸ばした。そいつの靴が足首にガンッと激突する。アタシはバランスを崩し、見事に転んだ。地面に顎を強打し、すごい音した。通行人がみんなこっちを見る。

「どこ見とんじゃあ、ワレ! その足は何や!」アタシは久々にキレた。立ち上がって男に詰め寄る。「その足は何やねん、オラァ!」

「チョー怖ぇオンナー」

 若者はアタシを見て笑う。赤い髪をした、品のない男だ。だらしない格好(ナリ)をしている。

「謝れや! まず謝れや! アタシ、間違ったことは言ってへん。トーキョーって周り見えてへん奴、多すぎやねん。当たり前のことができてへん! だいたいなぁ」

 言いかけたアタシの背後で、何やら異質のざわめきがおこった……嫌な予感がする。

「その方ら、控えぃ!」

「勝訴」の旗を背に、「日本一」のハチマキをしたチョンマゲ・メガネ──見覚えのあるおかしな姿が、硬直したアタシの前に現れたのだ。アタシはヘナヘナと再び地面に座り込む。

 既に見慣れた感はあったのだが、あらためて外で見るとコイツ、凄まじいものがある。通行人はササッと道の端に避け、アタシらの周りにはおかしな空間がポッカリ空く。

「ももも桃さま……」ワンちゃんがポツリと呟いた。

「桃さまァ?」

 桃太郎は勝訴の旗を外してワンちゃんに手渡す。

「これで腹を隠せばよい」

「ははーっ、桃さまぁ」

 ワンちゃん、腹どころかパンツまで全開だ。勝訴の旗を恭しく受け取り、言われた通りグルリとお腹を巻いた。

「リカ殿。ほれ、手を」

 桃太郎はアタシの腕をつかんで引っ張り上げた。

「ギャッ! 肩外れるって。痛い! いただぃ、桃太郎! 外れたことあるねんってば!」

「ほれほれ」

 一回やったことのある右肩がゴリリと嫌な音を立てる。アタシは何とか立ち上がった。

「ああぁばッ?」

 おかしな悲鳴をあげて若者が、さすがに目を見開いて桃太郎を凝視している事に気付く。

 アカン。売れてない芸人と思われたらいいが、ヘタすりゃ警察呼ばれる。

「ス、スイマセン。気にせんといて。ほら、いくで。桃太郎」

「リカ殿? その方、顎から赤い滝のように流血しておるぞ」

「赤い滝って……。恐ろしい表現せんといて! ほら、早く行くで」

 何でアタシがこんなに気を遣わんといかんねん。警察呼ばれても、それはそれで別に構わないはずだ。いきなり部屋に居座られて、迷惑してんのはこっちなのに。

「何こいつら? かなりスゴめ。かなり濃いキャラ……」

 若者がアタシと桃太郎を見比べて──さすがにパンツ丸出しのワンちゃんを凝視する事はしないけど──もじもじする。携帯を出して、写メを撮るかどうか迷っている風だった。

「クッ!」

 痛いのと悔しいので、アタシはギリギリと奥歯を噛む。若者は肩を竦めて背中を向けた。立ち去る直前、こちらを振り返る。

「ゴメンね。顎に使って」

 手にしていたのは小さなタオル。アタシは反射的にそれを受け取っていた。

「ア、アリガト……」

 礼を告げる間もなく、男は人ごみの中に消えてしまう。タオルを握り締めながらアタシはその方向を見つめていた。

「リカ殿、赤い滝が?」

「しっ! もも桃さま、いいいけません。おお女心です」

「大女ごころ?」

 9.不毛なまでに、乙女
  ~8人殺ったマフィアはりりしくてピンクの割烹着」につづく


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